大阪のお城といえばやはり大坂城を外すわけにはいきません。名実ともに大阪を代表するスポットでもあります。
それは間違いありませんが、歴史ある大阪の地には他にも多くの城跡があります。中でも大坂城と並んで日本100名城に名を連ねる城が千早城(城跡)です。今回は楠木正成の城としても有名な千早城を中心にご紹介します。
目次
千早城(千早城跡)のみどころ
千早城は大坂城と並ぶ日本100名城
大阪に数多くある城・城跡ですが、日本100名城に名を連ねるのは天下の大坂城と「千早城」の二つです。滋賀の彦根城や京都の二条城も名を連ねる日本100名城に選出されているのですから立派です。
名城である「千早城」は、奈良県に程近い大阪府南河内郡にある大阪府唯一の村千早赤阪村に位置します。大坂城にゆかりのある人物といえば豊臣秀吉ですが、「千早城」ゆかりの人物は鎌倉時代から南北朝時代に活躍した楠木正成です。
現在はその姿を見ることの出来ない「千早城」はかつて金剛山の中腹にあった山城でした。その三方を深い谷に囲まれ残りの一方も金剛山へ連なる尾根となっていた「千早城」ですので、現在の「千早城跡」へ行くにも軽い登山をイメージすると分かりやすいほど登りが続きます。
「千早城」は歴史の上では「千早城の戦い」の舞台として有名な場所です。楠木正成は鎌倉幕府打倒に貢献しますが、彼の戦いの中で最も有名だと言われているのが「千早城の戦い」です。
現在は城の姿を見ることは叶いませんが、地形は現在も残っているので傾斜を上りながら当時のことや戦について想像してみてはいかがでしょうか。
千早城跡のおすすめポイント
「千早城」本丸跡の千早神社とそのご利益
「千早城」はかつて存在した城で、現在は「千早城跡」の碑が残るのみとはなっていますが、かつての本丸に当たる場所に千早神社があります。元々の千早神社は1332(元弘二・正慶元)年の「千早城」が築城された際に本丸の城の鎮守として八幡大菩薩を祀ったのが由来と言われています。
後には楠木正成とその嫡男の楠木正行を合祀しました。通称は「楠公(なんこう)さん」と呼ばれています。明治に入り社殿の再建や祠を建てるなどを後、千早神社の社号になり、近隣の神社を合祀しながら現在の千早神社となりました。
千早神社までの道のり・アクセスは平坦な部分もなく登りが続くので体力を要しますが、そこまで辿り着くまでの道のりを踏みしめるときに、かつて存在した「千早城」が難攻不落であったことを身をもって体験できるのではないでしょうか。
千早神社の様子がわかる素敵な動画をご紹介します
千早神社のご利益ですが、「千早城」はまさしく多勢に無勢の戦を形勢逆転し勝利した「千早城の戦い」に由来し、絶対に落ちないパワースポットとして受験や選挙の他、企業業績などのご利益があるとされています。
様々な奇策を使い絶対に陥落しなかった「千早城」の実績を考えればそのような力が宿っていてるというのも頷けます。
山城の地形をそのままに残す「千早城」の本丸跡に再建された千早神社へ「千早城」のパワーを授かりに足を運んでみてはいかがでしょうか。
「千早城」の100名城スタンプ
日本100名城に選出されている「千早城」ですが、この日本100名城・新日本100名城は公益財団法人 日本城郭協会により選定されています。
日本100名城・新日本100名城ともに地域の歴史的シンボルを自分の足で訪問して、その素晴らしさを味わい理解を深めることを趣旨とするスタンプラリーが実施されています。日本城郭協会のホームページより申込をし入会金・年会費を納めることでスタンプラリーのスタンプ帳を手にすることができます。会報等も届くのでご興味のある方は入会を検討されてはいかがでしょうか。
このような企画を実施しているので、100名城に選定されたそれぞれの城には必ずスタンプの設置場所があります。そして「千早城」のスタンプは金剛山麓まつまさで押すことができます。
こちらにはお土産処やお食事処があるので、登城の前後に食欲を満たすのにも助かる場所です。スタンプ帳をお持ちでも、お持ちでなくとも足を運んでみてはいかがですか。定休は金曜日で営業時間は9:00~17:00なのでご注意ください。
上赤坂城(楠木城跡)と下赤坂城跡も 楠木正成の城
「千早城の戦い」で鎌倉幕府の大軍勢に勝利した楠木正成でしたが、それまでには「上赤坂城」や「下赤坂城」も合戦の舞台となりました。鎌倉幕府軍と対峙するために大いに活用されたのが「下赤坂城」「上赤坂城」「千早城」でした。
「下赤坂城」が前衛の城、「上赤坂城」が本城、「千早城」が詰め城(最終拠点)という位置づけで開戦するも「下赤坂城」に自ら火を放った後、「上赤坂城」も善戦虚しく力尽き陥落しました。しかし最後に残った「千早城」で様々な根回しや策を講じた結果大逆転のうちに戦いは終わりをつげます。この敗戦から程なくして鎌倉幕府が倒れるのですから、時代背景のなかでいかに重要な戦であったかがうかがえます。
しかしこの勝利もむなしく、南北朝時代末年には「千早城」は落城することになるのです。歴史上の重要な役割を果たし難攻不落と思われた城ですが、最後は北朝の武将に攻められ落城という末路を辿ることになりました。もしもはないかもしれませんが、この時難攻不落の本領を発揮していたら、あるいは現代にもその城郭や全景が遺っていたかもしれません。
残念ながら、現在はその遺構を見ることは出来ないものの石碑が立つことでその場所を指示しています。「下赤坂城跡」の遺構は明確にはなっていませんが、村役場の上付近に主郭があったのではないかと言われています。
「上赤坂城(楠木城)」跡にも現在石碑があり、見晴らし台のようになっており当時の城の面影を残します。戦の舞台となったこの二つの城跡にも是非足を運んでみてはいかがでしょうか。
千早城の関連イベント・プラン
「千早城」を含むご紹介した各所に行くには急勾配の階段や山道などを登る必要がありますが、高所故近くには美しい自然の景観が広がります。「下赤阪の棚田」はとても人気のスポットです。
また、山に登る健脚をお持ちの方もそうでない方も金剛山登山にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。登山はちょっと厳しい・・・という方も日本でも数少ない村営「金剛山ロープウェイ」を利用すれば山頂まで数分で連れて行ってくれます。※2019年3月より運行休止後に単独運営断念が発表になりました。詳細は報道資料(PDF)をご確認ください
登山を楽しまれる方は、装備や履物などに十分配慮して季節対策もお忘れなく!様々な楽しみ方ができる「千早城」周辺観光をお楽しみください。
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千早城址(千早神社)の動画
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千早城の基本情報
利用案内
営業日
無休
営業時間
終日(但し街灯等はないので明るいうちに)
休業日
なし(100名城のスタンプラリー押印場所の金剛山麓まつまさは金曜定休)
料金
無料
問い合わせ先
千早赤阪村観光協会
連絡先:0721-21-7557(道の駅 ちはやあかさか)※9:00~17:00 (年末年始は休み)
:0721-72-0081 内線456(千早赤阪村 観光・産業振興課)※平日 9:00~17:00 (土日祝は休み)
千早城に関する各種情報ページ
千早神社
千早赤阪村 観光協会公式サイト 千早城ページ
千早赤阪村 公式サイト
金剛山山頂 ライブストリーム(YouTube)※エラーで視聴不可の可能性があります
千早城への行き方・アクセス
公共交通機関
近鉄南大阪線 富田林駅 →金剛バス(千早線) →金剛登山口バス停 下車 → 徒歩約20分
南海高野線・近鉄南大阪線 河内長野駅 → 南海バス → 金剛登山口バス停 下車 → 徒歩約20分
車
富田林駅より 府道705号経由 約30分
駐車場
あり(有料)
千早城の地図
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